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クリニシアン・消化器関連情報

消化管内視鏡を育てた人々

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第20回 色素・拡大内視鏡検査法 (2) 拡大内視鏡

長廻 紘(群馬県立がんセンター 院長)

   物体表面の拡大像は、それが何であれ人間の感覚を強く揺さぶる(田中三千雄)。若かった私は、その画像に酔いしれてしまいました(榊信広)。
   色素内視鏡検査は拡大法と併用することにより、その効果を一層あげることができる。内視鏡で近接観察すれば、数倍に拡大された像を観察できることは、つとに知られていた。医学の領域での拡大内視鏡は、婦人科領域でコルポスコピーとして開発された(Hinselmann 、1925年)。消化器分野では最初に直腸用に開発された(Strauss、1910年)という。Gutzeit らの“Die Gastroskopie(1954)”には、胃小区内に胃小窩が描かれた胃粘膜所見が示されている。その後の消化器分野での拡大内視鏡はもっぱら日本で開発が進められてきた。1966年竹本はファイバースコープによる近接拡大観察の利点を強調し、その頃より拡大観察を主目的としたファイバースコープ開発を始めた。
   現在では色素・拡大法は胃の他にも腸管(悪性病変の少ない十二指腸・小腸では主として機能検査、癌の多い大腸では診断)で、頻用されている。しかし、田中が拡大観察の所見は、治療方針を左右するものは少ない(ので、過信しないように)、と冒頭に引用した文に続けているように、遊びの要素もある。

胃の拡大観察

   消化器内視鏡の領域で、拡大観察を目的に開発された最初の機種は、1967年、東大老年内科の奥山山治らによるFGS‐ML‐type1である。「特殊拡大観察用ファイバーガストロスコープ」と呼ばれたこの機種は、食道ファイバースコープを改造し、先端部のカーソルを支えとして胃粘膜の拡大観察と撮影を行っている。したがって、レンズ系による拡大内視機構をもったものではなく、厳密にいえば近接拡大観察ということになる。しかし、拡大率は5倍強(対物レンズは1/2の倍率で接眼レンズは10倍の拡大率であり、計5倍の拡大率)で視野は対辺36度、対角で47度とかなり長焦点のレンズ。撮影もストロボの使用によりシャープな像が得られたという。奥山に聞いたら「古い話しだなー」で終わった。
   1970年丸山正隆(東京女子医大消化器内科)らは奥山らの開発した近接拡大観察のスコープに拡大用のレンズを組み込み、FGS-M とした。拡大観察は手元の操作によりスコープの先端部のレンズを移動し、像を作成している。先端部の可動性は1.5cmあり、拡大率は15倍であった。ただし、拡大観察時では粘膜に近接するため、光源の切り替えを必要とした。この機種は、その後の町田製作所の拡大内視鏡の基本型となった。
   一方、1973年、大石らはHF型変倍式胃拡大ファイバースコープを開発した。可動性の対物レンズを備え、ズーミング方式により通常観察から連続的に倍率を上げ、最高22倍まで可能となり、生検機構も有している。この機種は、オリンパス社の拡大内視鏡の基本型となった。

   ──竹本とともに早くから拡大内視鏡の開発に取り組んだ榊信廣(都立駒込病院・内科)先生に、開発の苦労についておききしました。
   「1977年、竹本忠良先生が教授として山口大学第一内科に赴任してこられてまもなくと思います。突然、“内視鏡学会総会のシンポジウムを川井啓市教授と2人で司会をする。テーマは拡大内視鏡だ。町田制作所から試作品が届くので、それを使って発表するように。”と指示されました。
   まもなく試作された拡大内視鏡FGS-MLⅡが届きました。しかし、最初の10例は全く拡大観察ができません。こんな内視鏡では無理だと投げ出しかかったとき、メーカーの説明で拡大観察時には斜光へと光源を切り替える必要があることがわかりました。十分な説明を受けていなかったのです。そんな恥ずかしいエピソードの後に、やっと拡大内視鏡の高拡大画像を得ることができました。
   拡大内視鏡で30倍以上に拡大して視た胃粘膜は常識を超えていました。点と線から成る単調な、ときには複雑なモザイク模様が画面全体に広がっていました。若かった私は、その画像に酔いしれてしまいました。
   午前中は拡大内視鏡検査、午後は生検標本の実体顕微鏡観察、夜は標本作成と組織診断が1日のスケジュールでした。実体顕微鏡は故吉井隆博教授の論文を参考にさせていただきました。組織標本作りは助手であった沖田極現教授に、病理診断は病理学教室の先生方に特訓を受けました。
   困ったことにFGS-MLⅡは大変デリケートな内視鏡でした。病変に近づけようと少し無理をすると、すぐに壊れてしまいました。その度、東京の町田製作所に送らなければいけません。戻ってくるまで、2週間位かかりました。学会は近づき、胃癌では症例も集まりそうもないので、研究の対象を胃炎に伴う胃小窩の形態変化としました。苦肉の策でした。
   学会が近づいた頃、たくさんのデータを持って教授室に行きました。竹本先生は渡された資料をほとんど見ないまま、“吉井教授の仕事と違う所はどこか”といわれました。突然の質問でとまどいましたが、“胃小窩は胃底腺・幽門腺できまった形をとるのではなく、胃炎のために点から短線を経て連続した線に変化する”と答えたら、“発表はそこだけでよい。全面的に作り直すように。”との指示がありました。不満そうにしていると、“結論は一つでよい。あとはいらない。”とカミナリが落ち、慌てて部屋を出ました。
   これが胃小窩のABCD分類のルーツです。この胃粘膜微細膜様を単純化して分析すれば、デジタル化した内視鏡診断が可能になると考えました。さらに発展させると、竹本先生が考えられていた「内視鏡学」の一翼を担えると自負していました。
   しかし、その後、環境が大きく変わりました。私自身は済生会山口総合病院、都立駒込病院と職場が変わりました。そして、電子スコープの時代になりました。その間、20年にわたって、高倍率の拡大内視鏡を手にすることはできませんでした。しかし、拡大内視鏡の夢を捨てることはできませんでした。
   そこで、低倍率の拡大でも観察可能な消化性潰瘍の瘢痕に取り組んできました。その結果作った潰瘍瘢痕Sa、Sb、Scで潰瘍の予後、すなわち再発の有無が予測できることを主張してきました。この研究結果は、ヘリコバクター・ピロリの病態研究にも大変役にたちました。
   1999年になって、汎用機と同様の太さや性能を持つ、拡大電子スコープが開発され、市販されました。この機種は使い易く誰でも簡単に拡大観察ができます。隔世の感があります。現在は、大腸の拡大内視鏡がブームですが、胃においても新しい視点からの拡大内視鏡診断学が発展することを期待しています。もちろん私も、初心に戻って拡大内視鏡診断学を作るために再チャレンジをしているところです。」

食道

   消化管のうちで円柱上皮に被われている胃、腸では腺上皮の表面模様(いわゆる pit pattern)に変化が生じることが、色素・拡大法の成り立つ根拠となる。他方、食道は重層扁平上皮に被われ、表面模様にアクセントがない。しかし色素ではルゴール不染帯、拡大観察では血管網の透見が診断上有用である。
   Brodmerkel がルゴールを用いた内視鏡的診断手技を報告したが、これに刺激され、わが国でも、諸外国よりも食道癌の発生頻度が高いことも手伝って、この手技もまたたくまに普及するに至った。食道粘膜の色素法としてはルゴール法、トルイジンブルー法がある。ルゴール法はヨード・グリコーゲン呈色反応を応用したものである。グリコーゲンは正常食道粘膜(扁平上皮)の顆粒層内のみにあり、癌にはないので、食道癌の部分が不染帯として識別される。ルゴール法は凹凸変化に乏しい早期の食道癌の診断には、なくてはならない診断方法となっている。前記のごとく、古くから扁平上皮癌の診断に用いられているトルイジンブルーも食道癌の陽性染色法として用いられる。
   ルゴール法を日本で最初に食道検査に導入したのは、東京女子医大の食道内視鏡グループである。

   ──鈴木茂教授に導入前後のいきさつについておききしました。
   「1970年代に入り食道内視鏡検査もやっとファイバースコープで楽にできるようになった頃、Brodmerkel 、Nothmann らの文献をみて、我々もぜひルゴール液を使ってみようと話し合ったわけです。このルゴール法を積極的に推進したのは、遠藤光夫教授と新進気鋭の牧先生でした。当時はまだ食道胃接合部の確認のためにルゴールが使われていたに過ぎませんでした。その後、大阪府立成人病センターの佐野元哉先生や京都府立医大の赤坂裕三先生が食道癌の診断に応用し、一躍脚光を浴びたわけです。この仕事に刺激されて、従来から使用していたトルイジンブルーとルゴール液を一緒にしてみてはどうだろう、ということででき上がったのが、吉田操先生(都立駒込病院外科部長)の二重着色法です。」

   このような色素剤応用の内視鏡検査が飛躍的に発展して行く中で、内視鏡機器そのものの開発、改良も進み、拡大観察(拡大内視鏡検査)が可能となるにおよび、色素法は粘膜の微細構造を解析する上になくてはならないものとなっていた。そして色素染色法の機序の解明とともに、色素法は消化管粘膜の機能検査の重要な役割も果たすまでになってきている。

大腸

   下部消化管の拡大観察は、上部に比べればスタートは遅れたが、大腸は運動が少なく、脈動や呼吸の影響も少なく、拡大観察の条件は上部より良好のため、急速に発展していった。
   歴史的には、1975年、京都府立医大内科多田正大らが通常大腸内視鏡を改造した、対物レンズ焦点調節方式のCF-MB-M(オリンパス)で、大腸粘膜の微細構造の観察を報告したのが最初である。10倍の拡大観察が可能であった。多田はその後改良を重ね、35倍拡大可能なCF-HMを完成し、市販された(1979)。
   東京女子医大消化器病センターで筆者の同僚であった小坂知一郎(故人)が、実体顕微鏡を用いて、隆起型大腸腫瘍の表面模様の分類を始めて試みた。同じく中江遵義らは、実用顕微鏡での基礎研究を経て潰瘍性大腸炎の拡大内視鏡検査を行った。「生検では限られた領域のみの情報しか得られないが、拡大内視鏡検査では広範囲の再生状態の把握に有用である。さらに通常の内視鏡検査では、静止期の大腸炎粘膜と正常粘膜との区別がしばしば困難であるが、本法を用いれば腸偽小区の存在から両者の区別はより容易となり、病巣範囲もより正確に判定できる。」

   多田らは小坂の研究を内視鏡観察に応用して、大腸腫瘍を単純型、乳頭型、管状型、溝紋型、混合型、不整無構造型の6型に分類した(1978)。当時は表面型は知られておらず、内視鏡の性能、手技の煩雑さなどもあいまって、普及、実用化に至らなかった。その辺の事情を多田は次のように回顧している。
   「拡大ファイバーによるピット診断に寝食を忘れた。西澤護先生らと先陣争いをしながら、色素散布にもいち早く手を出した。“拡大内視鏡でピットを観察すれば早期大腸癌の84%は診断できる”と勇ましく学会発表したところ、大腸疾患の神様のような武藤先生と長廻紘先生から“何と無駄なことをする馬鹿者、ポリペクトミーすれば同じではないか”と扱き下ろされ、シュンとなってしまった。尊敬する両先生の忠告に逆らってでも拡大観察を主張しておれば、工藤進英先生のように有名になれていたのに…(Salon of Coloproctology)」

   内視鏡の目的は、病変しかも悪性病変の診断である。したがって色素法や拡大法が開発された当初、それらにほとんど関心をもたなかった。なぜなら、最も重要なのは病変の発見である。すでに見えているものをよりキレイに見ようという努力には敬服はするが、参加する気はしなかった。某洋酒メーカーのコマーシャル「何も足さない云々」。今でもその気持ちはいささかも変わらないが、一種のブームであり喜んでいる人々に水をさすのも大人気ない。
   多田は持ち前のきちょう面さとあいまって、芸術的な写真を披露して我々を驚かし続けた。

   多田は拡大・色素法哲学について、次のように語ってくれた。
   「小腸・大腸に限らず、微細所見の観察は内視鏡診断学の一つの方法であろうと考えます。そこで実体顕微鏡レベルで pit pattern を観察する拡大・色素内視鏡は、診断学の向上に役立つはずです。今日、若い先生方がpit 診断に情熱を燃やしているようですが、たしかに大腸癌の早期診断や組織発生の研究にある程度は寄与できると考えます。しかしその正診率はたかだか80~90%程度で、苦労の割にパーフェクトではありません。小さいものに拘泥するあまりに、大きい所見を看過する愚挙は避けなければいけません。通常観察の眼を養っておけば、あえて拡大観察しなくても、大腸癌の診断(深達度診断も含めて)は可能です。このあたりの拡大・色素内視鏡の限界を知ったうえで、臨床に活用することが大切ではないでしょうか。」
   表面型時代となり、秋田赤十字病院 工藤進英がいわゆるピットパターン分類をもって華々しく登場したが、それはまだ現在進行形である。

小腸

   小腸は消化管の中では際立って機能を有する部分であり、その機能のある面の解明に色素法・拡大法が大きな貢献をなしたことは疑いないところである。
   拡大内視鏡の開発の原点は、Rubin らの実体顕微鏡による小腸粘膜の観察であったが、小腸の拡大観察は1978年、平塚らが報告した上部消化管のFGS-MLによるものである。
   平塚らは、上部消化管用のFGS-MLを用いて、術中の小腸の絨毛を観察していたが、小腸管腔内に水を満たすことにより絨毛が立ち上がり、観察を容易にすることを発見した。この点滴水流中観察法を、術中、術後患者、rope way 法などの条件下で施行し、成功している。

   ──小腸は病変が少ないこともあって、平塚先生は絨毛の拡大観察・消化吸収の面に努力を集中されました。
   「消化吸収の内視鏡的研究を行うためには、どうしても絨毛単位での内視鏡的観察が必要となってまいります。従来、絨毛の形態学的観察は生検材料の実体顕微鏡による低倍率観察法が不動の地位を占めておりましたが、この実体顕微鏡下の観察法を拡大内視鏡検査法に導入することによって、生検材料とほぼ同様の観察効果が生体で得られる小腸粘膜の内視鏡観察法に成功しました。すなわち絨毛単位で観察でき、しかも絨毛が生き生きと観察でき、個々の絨毛の形状と大きさ、密度、また絨毛の運動などを16mm映画にとらえることができました。そしてわが国では無といわれているスプルー(原発性吸収不良症候群)の患者をこの小腸拡大内視鏡法で発見、診断し得ました。」

   東京女子医大消化器内科の田中三千雄(現富山医科薬科大学 写真)は、小腸の消化吸収機能を、小腸粘膜の諸変化を内視鏡によって捉えようという壮大な試みに取組み、見事に成果をあげた。

   ──田中先生は負荷内視鏡という方法を完成され、種々の業績をあげられたわけですが、スタート時の思い出から、苦労して実現できたこと、などお話していただきたく思います。
   「胃のほうでメチレンブルーを使った着色法を東京女子医科大学消化器病センターで鈴木茂先生が始められたときは、ちょうど私も同センターに勤務しており、鈴木茂先生の着色法を目の当たりに見ていました。早速この着色法を十二指腸内視鏡検査に応用したわけです。胃の腸上皮化生と同じように吸収上皮細胞が存在する十二指腸はメチレンブルーを吸収して、粘膜の色が青くなる現象が観察されました。“腸粘膜の吸収状態が内視鏡で観察できる”という新しい内視鏡世界がここに開けた、と喜んだものです。

田中三千雄先生

   メチレンブルーの吸収状態が観察できるのであれば、他の物質の吸収状態も観察できるはずだと考えてボランティアに脂肪(サラダ油)を投与してみたところ、十二指腸粘膜は真っ白に変化しました。「負荷内視鏡検査」の発想がここに誕生しました。つまり、あらかじめ脂肪を経口負荷したあと小腸全域を内視鏡で観察することによって、小腸粘膜における脂肪の吸収の有無のみならず吸収不良部位(この部位の粘膜は白くならない)も正確に診断しようとしたわけです。当時は「負荷内視鏡検査」にかなりの症例を重ねました。そして小腸の炎症部位や上皮性腫瘍部位などで脂肪の吸収が不良になっている状態を、この検査法によって初めてキャッチすることができました。また内視鏡で観察したこのような小腸粘膜の吸収状態を、そこからの生検材料の実体顕微鏡観察によってさらに絨毛単位で詳細に検索もしました。
   しかしながら、小腸全域の観察が可能なロープウエイ式小腸内視鏡検査自体が大変に大がかりな検査でした。それは今日も変わりありません。小腸内視鏡検査の技術がもっともっと進歩して、コロノスコピー並みの手軽にできる内視鏡検査法になってくれれば、この「負荷内視鏡検査」は吸収不良症候群の鑑別診断に大変有用な検査法であろうと考えています。」

   (多田正大先生は、まだ若いので写真はかんべんしてください、とのことでした。)

文献

1)奥山山治ら:特殊拡大ファイバーガストロスコープについて Gastroent Endosc 9, 42~3(1967)
2)小坂知一郎:大腸微小隆起性病変に関する臨床病理学的研究、大腸肛門誌、28、218(1975)
3)中江遵義ら:Colonoscopyにおけるメチレンブルー着色法の検討。Progress of Digestive Endoscopy, 5, 179(1974)
4)岡崎幸紀:拡大内視鏡の発展 In 丹羽寛文、井田和徳編、色素拡大内視鏡の最前線、日本メディカルセンター(1998)
5)平塚秀雄:消化管内視鏡の思い出、「秀和」20年の歩み(平塚胃腸病院20周年誌)、1978年

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