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消化器いろいろ

GERD診療における新たなる展開

胃食道逆流症(GERD)診療ガイドラインの完成によせて

京都大学大学院医学研究科 消化器内科学教授 千葉 勉

はじめに

 日本消化器病学会による「胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン」が2009年11月に刊行された。このガイドラインは日本消化器病学会が、消化器病分野のcommon diseaseに対するガイドラインを作成しよう、ということで計画されたものである。私はその中のGERDの担当理事を拝命したが、GERDが消化器病のcommon diseaseになるなど、20〜30年前には誰が予想したであろうか?
 私は1974年に医学部を卒業後、1年間大学病院で研修したが、その間は確かGERDの患者さんは診たことがなかったと思う。その後、四国愛媛県の南西、市立宇和島病院に赴任したが、その1年目に初めてGERD患者さんに出会った。救急で来られた患者さんだったのでよく覚えている。腰のかなり曲がった農家のおばあさんだったと思うが、あまり自覚症状はなかったのだが、少量の吐血をされたということで来院された。当時は直視鏡がなく、側視鏡の胃カメラで「はい、ごっくん飲んで」と言って挿入してから覗いてみると、いきなり「まっ赤」な食道粘膜に遭遇した。最初は食道静脈瘤の破裂かと思ったが、そうではなかった。側視鏡なので苦労して観察し、挿入していったら少し広いところに行き着いたので、胃だと思ったら、横でレクチャースコープで見てくれていたオーベンが、これはヘルニアだ、と教えてくれた。
 こうした患者さん、つまり腰が曲がって食道裂孔ヘルニアを持った逆流性食道炎のお年寄りは当時時々はおられたが、やはりかなり少なかった。また、GERDの概念がなかったので、「胸やけ症状」を呈する比較的軽度なGERD患者さんは、食道をあまり詳細に観察していなかったこともあって、当時の記憶はあまりない。前述の救急患者さんのH. pyloriがどうであったかはもちろん知る由もないが、この患者さんで同時に胃や十二指腸にも潰瘍がないかと探していたときに、副院長をされていた近藤俊文先生が、「なぜかこういう患者さんには潰瘍はないんだ」と言われていたのが、最近になって強烈な印象として残っている。

H. pylori感染とGERD

 わが国でGERDの概念が広がりだしたのと、H. pyloriについての関心が高まってきたのとは、ほぼ平行しているが、H. pylori感染がGERDの発症にどのように影響するのかについては常に議論の対象となってきた。わが国ではH. pyloriはGERDの発症を抑制するとほぼ考えられているが、欧米では関係がない、とする意見が根強くある。
 再び私事になって申し訳ないが、私は軽い食道裂孔ヘルニアと、それによるグレードAのGERDを持っており、現在PPIを毎日1錠服用している。若いときから「胸やけ」はよくあり、呑酸もあったので昔からGERDがあったのだと思う。実は研修医当時、40人ぐらいの患者さんの主治医をしていたことがあって、そのときひどいAGMLになって入院したことがある。当時は完全にストレスによるAGMLと信じていたが、その後、マーシャルがH. pyloriを飲んでひどい急性胃炎になった、という話を聞いて、てっきり自分はH. pylori陽性だと考えていた。しかしその後の検査で、GERDとともに瑞々しい胃粘膜を保有していること、そしてやはりH. pyloriは陰性であることが判明した。こうした「私自身の経験」と近藤先生の示唆に富んだ一言からも、私自身についてもH. pylori陰性だからGERDになったんだと信じている! これと関連して、後になって宇和島の1975年頃の保存血清をいただいてH. pyloriの抗体検査をしたことがあるが、なんとコントロールで84%も陽性であった。つまりほとんどの人がH. pyloriに感染していたわけで、やはり昔はこの高いH. pyloriの感染率がGERDの発症を抑制していたのだと思う。

これからのGERD

 私が「GERD持ち」であることを最も自覚するのは、ジョギングをしているときと、PPIを2、3日飲み忘れたときである。それで思うことは、昔はこんなに「胸やけ」症状が強くなかったのではないか、ということである。それではなぜ私のGERD症状が強くなってきたのか? 胃酸分泌が増強してきたため、年をとって食道裂孔ヘルニアが増強してきたため、また食道粘膜が弱くなったため、昔より太ってきたため、昔よりアルコール飲量が増えたため、さらにPPIを服用し始めて、「胸やけ」のない状況を経験したため、などいくつかの可能性が考えられる。実際にはおそらくこの複数が関係しているのだと思うが、パンドラの箱を開けてしまった、というわけではないが、意外と「PPIを服用しだしたから」、というのが最も大きな要因かも知れない。いずれにしても、このようにGERD患者さんがこれから増加する要因は、H. pylori感染率の低下も含めていっぱい存在する。そういう意味ではPPIは現代人にとっては必須の薬剤であろう。H. pyloriの感染率が減少し、人類の食生活などの生活様式が劇的に変化してきている時期に、私たちがPPIという武器を得たのは、そうした社会の要請が高まったからであるとは思うが、「あまりにもタイムリー」と不思議にも思われる。それにしても、糖尿病や炎症性腸疾患などとともにGERDは現代病の代表といえるが、今後わが国でGERDの発症率がどのように変化するのかは非常に興味深い。

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