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治療

PPI長期投与は安全か?

島根大学医学部 第2内科(消化器・肝臓・健診予防内科)教授 木下芳一

はじめに

 プロトンポンプ阻害薬(PPI)は強力な胃酸分泌抑制薬であるため、胃内の細菌叢や食物の消化吸収に大きな影響があるのではないかと考えられてきた。また、これに伴って長期にわたって使用すると副作用が出現するのではないかと懸念されてきた。初期の頃に心配された副作用は胃カルチノイド腫瘍や胃癌、大腸癌の発生、鉄欠乏性貧血やビタミンB12の欠乏による貧血や神経障害であった。これらについては種々の臨床的研究が行われ、現時点では100%の安全性は確立されていないが、PPIを適正に使用していれば大きな問題となることはないと考えられている1)
 次いで、肺炎、骨折、Clostridium difficile腸炎、microscopic colitis、腸管感染症が問題とされた。また、他剤との併用、とくにクロピドグレルやワーファリンとの併用に関して注意の喚起が行われている。本総説ではこれら一つ一つに対して現在の考え方、エビデンスのレベルについて解説する。

胃カルチノイド腫瘍

 PPIは胃酸分泌を抑制するため胃前庭部からのガストリン分泌を増加させ、高ガストリン血症を引き起こす。PPIによって引き起こされた高ガストリン血症は雌ラットにおいては胃カルチノイド腫瘍を引き起こす。ところが、雄のラットではカルチノイド腫瘍は発生しにくくマウスでも発生しない。高ガストリン血症に伴う胃カルチノイド腫瘍の発生に関しては強い種差がある。ヒトはラットに比べて胃粘膜カルチノイド腫瘍の起源となるECL細胞が少なく、ヒトでPPI投与に伴ってカルチノイド腫瘍が発生したことを証明した報告は見当たらない。 ヒトでもA型胃炎例で高ガストリン血症に伴って胃カルチノイド腫瘍が発生するが、A型胃炎では血中ガストリンが常に500pg/mLを超えるが、PPI投与で250pg/mLを超えることはほとんどなく、何年にもわたり長期にPPIを投与しても胃カルチノイドが発生する可能性はあまり問題になるものではないと考えられている2)

胃癌

 Helicobacter pyloriH. pylori)感染陽性例にPPIを長期投与すると胃炎が増強し萎縮性胃炎が進行するために、胃癌のリスクが高まるのではないかと懸念された。ところが、その後の研究では否定的なものが多く、またPPIによって進行が加速された胃粘膜萎縮が発癌に結びついたことを示す明らかな報告も見当たらない2)3)4)。 このため胃発癌に対する危険性も大きなものではなさそうであるが、PPI長期投与でわずかではあるが胃癌発症リスクが上昇する可能性を示す報告もあり5)今後も検討は必要と考えられる。

大腸癌

 ガストリンは種々の上皮細胞の増殖を促進させることが知られている。とくに家族性大腸腺腫症のモデルマウスでは、PPI投与に伴う高ガストリン血症で大腸腺腫の増殖亢進が見られる。このためヒトにおいてもPPI投与と大腸癌の関係が懸念された。しかし、最近報告された2つの研究ではいずれも長期にPPIを投与しても大腸癌の発生が増加することはないと報告されている6)7)

鉄欠乏性貧血

 胃酸は食物中のFe3+を還元してF2+とし、より溶解しやすく吸収されやすい形へと変換するために重要な役割を論じている。このためPPIによって鉄欠乏性貧血が発症することが心配されたが、腸管には鉄吸収の強力な調節機構が存在するためか、何年にもわたってPPIを使用しても遺伝性のヘモクロマトーシス患者でなければ鉄欠乏が起こることはないと報告されている8)9)10)

ビタミンB12欠乏

 PPIが胃内での蛋白分解を抑制することにより、食物からのビタミンB12の遊離が低下し、胃で産生される内因子とビタミンB12の結合が起こりにくくなる結果、ビタミンB12の吸収が低下する可能性が考えられる。ところが実際には、100例以上を対象とした検討でもPPI使用者と非使用者の間で、血液中のビタミンB12濃度には差がなかったと報告されている9)。このため、何らかの条件下ではビタミンB12の欠乏が起こり得る可能性はあるが12)、PPI投与中に定期的にビタミンB12の測定を行う必要はなさそうに思える。

肺炎

 2004年にオランダでプライマリケア診療データベースを用いて検討が行われ、PPIを使用している人は、使用していない人に比べて2倍前後市中肺炎を発症しやすいと報告がなされた13)。2007年にはデンマークで同様の検討が行われ、PPI使用者は非使用者に比べてOR 1.5で肺炎を起こしやすいが、肺炎を起こしやすいのはPPI使用開始7日間(OR 5.0)で、それ以降ではORが1.3に低下すると報告された14)。さらに2008年にイギリスで行われた検討では、2日以内のPPI投与では肺炎発症のリスクはOR 6.53、7日ならOR 3.79、14日ならOR 3.21とPPI投与期間が長くなるほどリスクは低下し、長期になると有意なリスクはないとされた15)。これらの研究は全てcase control studyでエビデンスレベルはWbと低いため、それほど信頼性が高いものではない。
 さらにPPIは効果の立ち上がりが比較的ゆっくりしており、その酸分泌抑制力が長期にわたって減弱せずに持続する。このためPPIの短期投与ほど肺炎発症リスクが高いとするこれらの報告はPPIによる胃酸分泌抑制の結果、胃内の雑菌が繁殖し、この胃内容物の誤嚥によって肺炎が発症するという初期の仮説とは矛盾する結果となっている。
 一方、2009年にはアメリカで入院患者を対象としたコホート研究が行われ、PPI使用者はOR 1.3とわずかな肺炎発症のリスクがあるとされたが、従来の研究と比べて随分ORが低下してしまった。また、この研究は入院期間が4〜5日のボストンの病院の入院患者を対象として行われており、エビデンスレベルはWaと幾分上昇したが、彼らの用いたデータベースにいろいろな不備があることは著者自らが指摘している16)。このようにPPIと肺炎の関係は検討が十分とはいえず、また長期の維持療法においてはPPIがリスクとなるとする確実なエビデンスはないと考えられる。

骨折

 PPIによる胃酸分泌の抑制はカルシウムの吸収を低下させ、osteoporosisの発症とそれに伴う骨折のリスクとなる可能性が考えられる。実際、case control studyでエビデンスレベルは高くはないが、2006年に2つの研究が報告されPPIの長期使用者はOR 1.5前後の骨折リスクを有するとする報告がなされた17)18)。ところがその後、PPI使用は骨折のリスクとならないとする報告もなされ、PPIと骨折の関係については結論が出ていない19)。データにばらつきがあるためPPIが骨折のリスクとなるとしても、その関与は小さいと考えられるが、PPIの維持療法を行う場合に不必要な長期投与はするべきではないと考えられる。

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