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アトムと楽しむ

鉄腕アトム史

  • マンガ「鉄腕アトム」
  • テレビアニメ「鉄腕アトム」(1963年)
  • 映画「鉄腕アトム 宇宙の勇者」
  • テレビアニメ「鉄腕アトム」(1980年)
  • テレビアニメ「アストロボーイ 鉄腕アトム」(2003年)
  • 海外テレビアニメシリーズ「ASTRO BOY」

番外編 海外テレビアニメシリーズ「ASTRO BOY」

アトムが世界進出。
合計3シリーズ制作されたテレビアニメ「鉄腕アトム」は、海外でも好評を博した。

初の海外版「鉄腕アトム」

虫プロでは、早い時期からテレビアニメ第1作の「鉄腕アトム」を海外市場でも通用するよう検討され、放映開始から3ヶ月後の1963年3月、手塚治虫は渡米し、同5月、虫プロとNBCとの間で「アトム」52本の配給契約が成立した。
それまでにも、国産アニメがアメリカに売られた例はあったが、契約が買い取り制だったため、映画を勝手に編集されるなどしていじられたり、日本の企画・制作者の名前が消されたりすることがあったのだが、そうならないように配給歩合制という契約にこぎつけたのである。
問題は、タイトルだった。手塚の回想によれば、「アトム」という語は、アメリカで「おなら」を意味するスラングだったため、原題を英語表記するとまずいというのである。そこで、NBCのジェネラル・マネージャーが自分の息子に見せて、どういうタイトルがいいかと聞いたところ、即座に「アストロ・ボーイ」と言ったので、アメリカ版タイトルは「ASTRO BOY」に決まった、ということである。
「ASTRO BOY」はアメリカでも評判になり、結果的に、欧州やアジア圏を含め、世界40数カ国で放映された。

ヌードは絶対ダメ

アメリカに輸出して、勝手にいじられることのないように契約したとはいっても、日本版と完全に同じ内容で放映されたのかといえば、そうではない。最初に契約した52本のうち、アメリカのテレビ放映の倫理規定に抵触して、6本がキャンセルになった。その主な理由は、残虐な表現、宗教上のタブーにふれる、人種差別的表現といったもので、現在でも、海外に輸出された日本アニメが問題視されることのある理由に類似している。
特に、虫プロスタッフが、その徹底ぶりに驚いたのは、「女性のヌードは絶対ダメ」というものだった。「アトム」と「女性ヌードシーン」というのは、相容れないもののように思われるだろうが、実際その通りで、性的なシーンがあったというわけではない。ある回で部屋の中の壁に掛かった額入りの女性ヌード画がチラッとだけ映るように、冗談のつもりでやったところ、その「チラッと」映る場面をカットせよ、ということになったそうだ。もちろん日本では問題なく放映されている。

アメリカの「アトム世代」

1964年、ニューヨークで開催された「ニューヨーク世界博覧会」に参加した手塚治虫は、そこで偶然、敬愛してやまないウォルト・ディズニーに会っている。手塚は自己紹介したが、気のない返事しかしなかったディズニーに対して、手塚は「「アストロ・ボーイ」を作りました」というと、ディズニーはようやく手塚に興味を示し、「おお、「アストロ・ボーイ」知っている。ロスで見ました。みごとな作品です」と言ったそうだ。手塚の喜びは、想像に難くない。
ディズニーの言葉のとおり、最初に輸出された52本の「ASTRO BOY」は好評で、その後さらに52本が追加契約された。つまり、アメリカの一定数・一定世代の子どもたちは「ASTRO BOY」体験を経ており、アメリカの「アトム世代」も、確かに存在しているのである。




参考文献:
  • 「図説 鉄腕アトム」(森晴路・著、河出書房新社、2003年)
  • 「アニメ作家としての手塚治虫」(津堅信之・著、NTT出版、2007年)
  • 「虫プロ興亡記」(山本暎一・著、新潮社、1989年)
  • 「TVアニメ25年史」(アニメージュ編集部・編、徳間書店、1988年)
  • 「劇場アニメ70年史」(アニメージュ編集部・編、徳間書店、1989年)
  • 「アメリカで日本のアニメは、どう見られてきたか?」(草薙聡志・著、徳間書店スタジオジブリ事業本部、2003年)
  • 「手塚治虫エッセイ集(2) 手塚治虫漫画全集(387別巻5)」(手塚治虫・著、講談社、1996年)

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